アメリカはテキサスにあるUniversity of Texas at Austinでナース目指して勉強中。日々思う事をかなり適当に書き綴る。目先の目標は2010年卒業。卒業した暁には値段を気にせず美味しい物をたらふく食べたいと願う。


by ecotama
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愛され者エコタマ

え~別にどうでもいい話ですが、私、愛されてます。
ジンジャーにも愛され(これは定かではない、ただ怖がられているだけなのかも?)、両親にも愛され、そして旦那にも愛され(てるはず?なんだけど・・・)、そしてマーティーとボブにも愛され、そしてネコのオービットにも愛され、祖父母に愛され・・・

なんて幸せ者なんだ~~~~!!!

おとついはボブに木製Soap Moldsを作成して頂きました!!!(っていうより、無理矢理作らせてしまったという方が正しいかも・・)
それも自分がまだベッドの中で夢見心地な時に、「ブィィィ~~~~ン」という音が!
「誰だよ!こんな朝早くから常識を知らない奴は!!(怒り、朝機嫌すごい悪いから)」
といいつつも、すでに朝9時半です。
そこで怒りながら足をペタペタさせつつ廊下を歩き、ガレージに行くとそこには。。。
「GOOD MORNING!!!!!」ボブが・・・すでに作業を始めてました。
それもAce Hardwareへの買い物もすでに済ませ・・
あ~自分ってダメ野郎・・って思いました(その通りなんだけど)。
そしてボブは自分が描いたすごい下手な製図をもとに、どんどん組み立てて行く。
自分はというと・・・
ガレージにあるボブのゴルフカーとの中で昼寝。
とりあえず近くにいなきゃ悪いな~と思ったので、でも眠かったのでボブのゴルフカートの椅子で寝る。
そして昼過ぎ・・・ついに完成しました。
あ~私って幸せ者だわ~。

と別にこれはどうでもいい話なんだけど、要は自分が持ってる愛情を示すというのはとても大切だと言う事。
最近の子供達は確かに両親の愛情を知らずに育ってる子が多いと思う。
それは、その子供達の両親も彼らの両親から愛情をたっぷりもらわずに育ったから。

昔はいい時代だったな~とよく最近思う。(お前今何歳なんだよ?って?)
確かに女性の社会的地位が以前と比べれば現在は確立され、子供よりもキャリアを取る女性も増えてきた。
それに財政的にも共稼ぎでないと生活できないという事情もある。
じゃあ、キャリア志向の女性や両親が共働きの家庭は子供を持っちゃいけないのか?というと、そうではない。
ただ彼らに足りないのは、子供と接する時間が少なければ少ないほど、それを大切にしようと思う気持ちなんだと思う。

子供は保育園、帰ってきたらご飯を作って、それが終わればテレビを見る。
もちろんテレビを見てる時間なんて、親子の会話なんてそれ程ないでしょ?
そして子供を寝かしつけ、自分も仕事で疲れて寝てしまう。
週末は週末で家事をこなさなければならないし、買い物にも行かなきゃならない。
子供と遊んでる時間なんてそれ程ない。

エコタマの両親も共働きだったから、共働きの両親を持つ子の家に帰ってきた時の寂しさはよくわかる。
玄関の戸をあけても、誰もいないし、電気もついてない。
勝手におやつをあさって食い、それから友達の家へ遊びに行く。
友達の家に遊びに行くと、その子のお母さんが手作りのお菓子とかを焼いてくれるんだよね。
で、これがおいしいの。
そしてその子の家にいて「やっぱり帰って来た時にお母さんがいるっていいよな~」と思う。
うちの家は幸いな事に、祖母が事情を知ってか宝塚から大阪まで毎日のように来てくれた。
だから自分が幼き頃に覚えてる姿は、祖母が台所に立つ姿だ。
自分はとてもお婆ちゃん子である。
祖母には感謝してもしきれない、とても大切な人です。

愛情を示すと言う事は、決してずっとチュウをしてろとかイチャイチャしてろとかとは違う。
確かにスキンシップはとても大切。
スキンシップも度が過ぎるとセクハラとか言われる世の中だけど、スキンシップは基本的にコミュニケーションの世界においては一番重要ではないか?と思う。
だから赤ちゃんがいるお母さんには、赤ちゃんとはたくさんスキンシップをとってほしいと思う。
なぜなら、赤ちゃんの感受性はとても豊かで、視力がまだそれ程発達してない分、スキンシップを通して人の温もりを感じとるから。

エコタマにとって愛情とは、悪い時はきちんと叱られる事であり、落ち込んだときは心を察してもらうことであり、辛くてどうにもならない時には手をそっと差し伸べてくれることなんだと思う。
うちの母親はとても厳しかった。
自分も反抗期がすごかったし。
ケンカとなるともう殴り合いでした、母も血まみれ、自分も血まみれ。
でも、ケンカの後に母がいつも自分を抱きしめてくれた思い出だけは忘れない。
そうやって自分は母親から愛情を感じ取っていたんだと思う。
学校でも先生から何度も殴られた。
でもそれはただ単に殴ってるのではなく、先生からの気持ちを感じ取れる殴りだった。
今は心から生徒の事を思って殴る先生はいるんだろうか?
それでも生徒からは体罰とかって言われるんだろうけどね、今の時代。

物質的に豊かになっていくこの世の中、それに反比例して薄れていく人とのコミュニケーション能力。
愛情の示し方がわからない人々、そして愛という名のもとに子供を虐待して殺す親。
自分は人からの愛情を感じ取れる人間になってよかったと思う、それもこれも両親や祖母が自分に愛情を持って接してくれたからだと思う。
自分を育ててくれた人達に感謝の言葉をいくら伝えても、伝えきれません。
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by ecotama | 2005-10-02 11:12 | ecotama world